3.11

2018年3月12日

7年前のこの日この時間、私は東京駅の新幹線ホームに居た。凄い揺れが断続的に続き、首都直下型地震かと思い、これから、首都圏はどうなるのだろうと不安が頭をよぎる。携帯は繋がらず、地震に関する情報は何もない。電車は全て止まっているという情報だけはあった。暫くして、横浜の本社と携帯が繋がり、地震の震源地は福島の太平洋沖で、横浜でも火の手が上がっている事を知る。その日は東京駅の待合室で一晩を過ごした。

でも、そんな事はどうでも良い。私は被災しておらず、今でも故郷に帰れる。今でも、5万人が避難しており、故郷に帰れない。自分が何も出来ていないから、尚更、心が痛む。被災者本人の気持ちはいかばかりか。

今は被災地、被災者に気持ちだけでも、寄り添いたい。

そして、お亡くなりになられた犠牲者に黙祷。

でも、命は戻らない。虚しい。

時間が出来たら、いつか、被災地をゆっくり旅して、心の整理をしたいと思っている。

コメント / トラックバック3件

  1. お好み焼き より:

    当時、スマホでニュースを見て
    アナウンサーが「町が壊滅状態です」と言ってるのを聞いて
    何を言ってるのか理解出来なかった
    暫くして映像で津波が町を飲み込むのを見て
    背筋が凍ったのを記憶してます

    戦争によって領土を広げる海外と違い
    島国の日本、しかも地震、台風や火山と自然災害が多い

  2. お好み焼き より:

    だからこの国に、「困った時はお互い様」の精神ができたのでしょう

    生かされた者の努めは
    困っている人に手をさしのべ
    他人を笑顔にする事だと信じてます

    神戸生まれの私は
    1.17も色々考えさせる日です

    • コンさる より:

      神戸地震の後、Jリーグの試合で現ノエビアスタジアムを訪れました。神戸のサポーターが歌う「神戸賛歌」を共に涙して歌いました。

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